呉へ ― 2006年01月08日 22:21
六時起床。浴場へ。この時期、六時五〇分くらいが日の出時間なのだが、水平線に雲がかかっていたため、七時過ぎになってから太陽が昇った。で、朝食後、家族より一足先に出発。静岡駅へ向かう。実は五日に沢口さんのお母様より電話を頂いた。集中治療室に入っていて、担当医から明日明後日が山場だと言われたとのことで、お世話になった方々に、私から御礼を申し上げて下さいと言われた。先月二十九日以降は更新がされていなかったので、気になっていたのだが、まさかそんな状態であるとは。お母様には励ましの言葉をかけ、電話を切った。どうして好いか判らない。徒に事を荒立てるべきではないと思い、私が信頼をおける数人の方々にのみ状況を連絡した。皆一様に絶句した。しかし大挙して呉に行くのも、ご家族の事を考えるとできないしどうするのが好いのかは結論がでなかった。しかし、七日に今度は妹さんからHさんに電話があり、姉がこのような容態である事を、お世話になった方々にお知らせ下さいと言われたとの事だった。Hさんは沢口さんの交友関係に明るく無かった為、私に電話してきたのだった。妹さんがそう仰っているのならと、もう一度五日に電話した方々に連絡を取り、状況を説明し、更に六月に開催した「沢口友美復活祭」に参加してくれた人達にも連絡した。その中で犬塚さんが七日の今日これから呉に行くと言ってくださり、私もこれから焼津へ行くが明日お見舞いに行くことを決め、更に菊ちゃん、Hさんも八日に呉入りする事になった。静岡駅から名古屋へ、名古屋からのぞみに乗り換え広島へ。菊ちゃんと合流し、呉本線で呉に着いたのが、十四時半頃。病院まで歩いて行く。九階の待合室で前日から来ていた犬塚さんと合流。お父様、妹さんをご紹介してもらう。丁度着いた時は検診時だったので、終わるのを待っている間、Hさんも到着。程なく入室の許可が出たので、手を消毒し、マスクをかけ病室へ。確かに顔色は悪そうだったが、そんなに苦しそうではない。一人一人順番に、声をかける。「来たよ 古澤だよ 菊ちゃんも一緒だよ 元気になって東京で会おうね」 反応はなかった。でも時折呼びかけに応える事もあるらしい。体への負担も考え、短い時間で退室。その後新たに塩見さん達三名の方が来られ、計八名になった。待合室で妹さんから暮れから現在までの状況を聞いた。多臓器不全を併発しているとの事だった。効果的な治療ができない為、小康状態を保っているようだが、検査の数値は日に日に悪くなっているらしい。暫くすると、彼女が目を開いたとの事だったので、急いで入室。「みんなで来たよ 絶対治るからね」と言うと、「うーん うーん」と唸る様に反応があった。聞こえていたに違いない。待合室に戻ると鈴木邦男さんももうすぐ到着するらしい。しかし最終の新幹線に乗る為、犬塚さんに駅まで送って頂く。Hさん、菊ちゃんと広島駅からのぞみに乗車。浜松に戻る私と菊ちゃんは、名古屋でHさんと別れ、こだまで帰宅。
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